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2016-08-21

わたしの世界が変わる 〜会社員時代〜

わたしの世界が変わる 〜幼少期から社会人まで〜

 

前回はわたしの幼少期〜初めての会社員時代までを書きました。

ひとつめのターニングポイントも。

 

続編は会社員時代。

会社員時代だけでも相当おなかいっぱい感あると思います(笑)

 

 

日本一周の旅に出る


2年ほどで最初の会社は辞めました。

退職にそれらしい理由をつけましたが

本音は新しい世界が知りたくてうずうずしていたから。

 

会社を辞めて、わたしは女友達と日本一周の旅に出ました。

その旅のことはこちらで書いてます。わたしが旅に出る理由

 

とにかく、知らない世界が知りたかった。

 

だったらもう旅に出よう!日本一周しよう!

 

若いですね(笑)思いきりが良い。

 

日本一周の旅は思い残すこともたくさんあったけれど

当時のわたしにとって、この上ない経験となりました。

もちろん、それは今のわたしに繋がっていて

この経験がなければ、今のわたしは旅にでていないかもしれない!

 

 

そして現実が始まる


さて、楽しい旅から戻ってきたわたしはまず何をしたか。

 

バイトです。バイト三昧です。

 

旅で貯金を使い果たし、迫り来る税金の支払い(笑)に現実に引き戻されたのです。

 

この頃、いろんなバイトを体験して

それはそれで楽しかったし、またいろんな出会いもありました。

住み込みのバイトもしたし、日雇いのバイトもしたし、

事務のバイトに、受付のバイト…

 

それなりに楽しいフリーター生活を経て

わたしは24歳になりました。

 

 

正社員にならなきゃいけない


うちの両親はわりと放任主義。

あまりあれこれ言われず育った方だと思います。

(よその家庭のことはわからないし、比べるものでもないけど)

 

ただひとつ、子供の頃から母に言われていたこと

 

『お父さんとお母さんは、いずれあなたより先に死にます。

そのとき、あなたはひとりでも生きていけるような職に就いてください。』

 

子供の頃から言われていたことなので

自分にとっては当たり前のことだと思っていましたが

大人になった今、客観的にこの言葉を見るとなかなかハードな教育ですね(笑)

 

そんな刷り込みもあってか

わたしは “働いて自立すること” にとても縛られていました。

 

親に甘えるなんて許されない

結婚して専業主婦になるなんてありえない

 

当時、まわりの同年代も就職して会社員として頑張っていました。

いつまでもフリーターじゃダメだ!と焦りはじめたわたしは就職活動を始めました。

 

いくつかの面接と不採用通知を経て

下着のメーカーへのデザイナー職に就くことができたのです。

25歳になる年の冬でした。

 

 

がむしゃらに働いた20代後半


その会社は親会社が立ち上げた新規事業のひとつで、スタートしたばかりでした。

メンバーにデザイナーはわたしひとり。

一応、前職の経験を買われて採用されましたが

デザイナーとして仕事をするのはこれがはじめてだったのです。

しかもスタートしたばかりの会社の事務所にはデスク以外なにもない(笑)

コピー用紙を手配する、親会社のフロアにコピー機を借りに行く…

そんなところからスタートしました。

先輩もいない、参考となるような資料もない。

誰からも何の指示もない。(誰もいないからね 笑)

 

この頃はとにかくがむしゃらでした。

右も左も分からないような環境に飛び込んで、毎日が勉強です。

 

取引先との商談は東京で行われ、

わたしは毎週大阪から始発の電車に乗って新幹線で東京へ。

商談が終わると日帰りで大阪に戻りました。

 

デザインした商品が店頭に並ぶまでを知り

仕事にやりがいと楽しさを感じるようになりました。

 

 

理想の職場なんて見つからない


この会社には4年半お世話になりました。

会社の体制が変わり、今までの仕事は否定され効率が重視されるようになりました。

みんなどこか無理をして新体制に合わせているように見えました。

でも体制が変わるときってそんなもんです。

そうでなきゃ、会社はダメになってしまう。

今のわたしならそう言えるけれど(オトナになったね! 笑)

当時の生意気でまっすぐなわたしは納得できなかった。

 

ある人にこのことを相談したら

 

「それは理想論だよ。理想の職場なんて無いんだよ、自分が会社に合わせなきゃ。」

 

そう言われ、わたしは

 

「それでも、わたしは理想の職場を探し続けたい!」

 

そう啖呵を切って会社を辞めたのでした。

 

 

東京進出!


その後、大阪で転職をするのですが

わたしにはその頃お付き合いをしている人がいて

その人が東京に転勤することになったのです。

 

わたしは「ラッキー!」と言わんばかりに(いや、言ったな、たしか)

また会社を辞めて東京について行くことにしました。

30歳になる年でした。

 

 

東京どん底時代


ウキウキ気分でやってきた東京は

住んでみるとまた違って見えて毎日が楽しくて楽しくて。

2ヶ月くらいは何もせず東京ライフを謳歌(笑)

 

そろそろ仕事しないとなーとやっと重い腰を上げて仕事を探しはじめます。

大阪でそれなりにやってきたという自信もあり

同業種ならすぐに転職できるだろうと甘く考えていたんです。

 

ところが…

 

同業種で仕事を探し面接を受けるも、ことごとく不採用。

何通も履歴書を書いては送り、不採用通知を受け取る毎日。

たまに面接まで進むも、やっぱり不採用。

 

そんな日々が3ヶ月ほど続き

わたしのちっぽけな自信は粉々に打ち砕かれました。

貯金も底をつき始め、お金はない、仕事はない、自信もない。

わたしは毎日泣いて過ごすようになりました。

 

一緒に東京に来た彼は「生活費は自分が出すからゆっくり仕事を探せばいい」と言ってくれました。

今のわたしなら喜んで甘えるけれど

その頃のわたしには、そんな甘えは許されるものではなく

ただただ惨めで悔しくて。

 

短期のバイトで食いつなぎなから転職活動を続ける日々。

当時のわたしは心身ともに疲労困憊でした。

 

 

やっと決まった就職先


東京に来て半年以上が過ぎ

やっとの思いで決まった就職先は靴下のメーカーでのデザイン職でした。

 

「もう二度とあんな惨めな思いはしたくない!」

 

その一心でどんな仕事も頑張りました。

同時に、強烈なお金のブロックでお給料をがっつり貯金するようになりました。

(まぁ、残高すっからかんでしたから 笑)

 

残業もたくさんしたし、会社のためと思ってなんでも頑張りました。

 

たくさんたくさん頑張って

会社にも評価してもらえて

お給料もたくさんいただきました。

 

だけど

 

ちっとも楽しくなかったのです。

デザインの仕事は好きだけれど

なんだか毎日満たされない、そんな日々。

わたしは毎日イライラしていました。

 

 

そして冷えとりと出会う


やっとここまできましたね(笑)

この会社で「冷えとり健康法」を知ることになります。

 

IMG_0861

 

“冷えとりガールのスタイルブック”

 

紹介されている冷えとりガールのみなさんがとってもキラキラしていて

 

「靴下を重ねて履くだけで、わたしもこんなにキラキラになれるの?!」

 

そう思い、すぐに靴下を購入して実践しました。

(実際には靴下を履くだけ、ではないんですが)

 

その頃のわたしといえば、毎日イライラしていて会社と家の往復の日々にうんざり。

休みの日はぐったりしていて気力もなく、溜まった家事をするだけで精一杯。

気管支が弱くてよく風邪をひいていたし

年末年始は毎年高熱を出して寝込んでいました。(冬の風物詩レベル)

プライベートでもいろいろあって、気も弱っていました。

 

 

ところで今回


ほとんど写真がない長文でしたが、お付き合いありがとうごいざます。

なぜ写真がないかというと

 

10代後半〜20代の自分の写真が全くないからです!

 

ひとつめのターニングポイントで

人と出会うことに目覚めたわたしですが

 

・自意識過剰

・自分に自信がない

 

これに関しては冷えとりを始めるまで(いえ、最近まで)

わたしの中にあった強烈なブロックでした。

 

そうです、自意識過剰すぎて写真が苦手だったんです。

自分に自信がないから、自分の顔も姿も好きになれない。

 

冷えとりと出会ってからの写真はちょいちょいありますので

次回は写真があるはず!

 

 

 

 

 

 

 


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